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東京高等裁判所 平成9年(行コ)164号 判決

横浜市旭区柏町五八―一番地

控訴人

河野禮通

横浜市保土ヶ谷区帷子町二番六四

被控訴人

保土ヶ谷税務署長 古田善香

右指定代理人

小暮輝信

内田健文

廣田隆男

上田幸穂

川上昌

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成四年七月二九日付けでした控訴人の平成三年分の所得税に係る決定処分(平成七年一月一八日付け国税不服審判所長の裁決により、本税の額のうち八八八万六〇〇円を超える部分を取り消された後のもの)を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

(控訴人は、原審においては、「被控訴人は控訴人に対し慰謝料金一〇〇〇万円を支払え。」との裁判を求めたが(以下「本件損害賠償請求」という。)、当審においては、右2のとおり、変更の申立てをした。)

(被控訴人)

主文同旨の裁判を求めた。

二  当事者の主張

(控訴人)

1  控訴人は、平成四年三月一一日、被控訴人に対して、平成三年分の所得税に係る確定申告書を提出した。被控訴人はこれに対して、平成四年七月二九日付けもって、控訴人の納付すべき本税の額を一七一一万九五〇〇円などとする決定処分及び無申告加算税の額を二五六万六五〇〇円とする賦課決定処分をした。これからの処分は、控訴人の審査請求に基づく国税不服審判所長の平成七年一月一八日付け裁決により、本税の額が八八八万六〇〇〇円を超える部分、右賦課決定処分のうち加算税の額が一三〇万七〇〇〇円を超える部分がそれぞれ取り消された(以下「本件決裁」という。)。

2  被控訴人は、控訴人が平成三年分の所得税につき確定申告をしているのであるから、その課税標準、税額、などに誤りがあった場合には、更正処分(国税通則法二四条)をすべきところ、前記のとおり、控訴人が無申告であることを前提とする決定処分(同法二五条)をした。しかし、確定申告があった場合には、決定処分はすることができないのであるから、被控訴人がした右決定処分(本件裁決により、本税の額のうち八八八万六〇〇〇円を超える部分を取り消された後のもの。以下「本件処分」という。)は違法であり、取り消されるべきである。

なお、控訴人は、原審の口頭弁論期日において、平成七年九月一一日付け訴状のほか、同年三月一六日付け訴状をも陳述し、これにより、本件裁決の取消しを求めるとともに、被控訴人がした本件処分の取消しをも求めた。

3  控訴人の平成三年分の所得税の納付すべき税額は零円であるのに、納付すべき税額があるとする本件処分は違法であり、被控訴人は、これにより控訴人が被った精神的障害を賠償すべき義務を負う。右慰籍料としては、一〇〇〇万円が相当である。

(被控訴人)

1  控訴人は、当審において本件処分の取消しを求めているが、控訴人の原審における被控訴人に対する請求は、慰籍料一〇〇〇万円の支払いを求めるものであるから、当審において民事訴訟から行政訴訟に訴えを変更するものと解される。

しかしながら、かかる訴えの変更は、民訴法一四三条の規定上、許さないというべきである。けだし、同条の立法趣旨は、旧訴における訴訟資料及び証拠資料を後訴に承継させることにより、訴訟経済を図ることにあり、また、訴えの変更により後発的に訴えの併合状態が生ずることから、新旧の請求は同種の訴訟手続によることを当然の前提としていると解されるからである。

2  さらに、控訴人の本件処分の取消しを求める請求は、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)上の取消訴訟であるところ、取消訴訟は、同法一四条一項の規定により、処分又は裁決のあったことを知ったときから三箇月以内に提起したければならないとされている。しかるに、控訴人の本件処分の取消請求は、本件裁決が控訴人に送達された日から二年以上を経過した後にされたものであるから、右出訴期間の制限に違反する不適法なものである。

3  国家賠償法一条によれば、公務員が職務の執行に関して不法行為をした場合の賠償責任の主体は国又は公共団体であり、被控訴人のような行政機関がその主体となることはないから、控訴人の被控訴人に対する本件損害賠償請求は不適法である。

三  証拠

原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所の判断

1  控訴人の訴え変更の適否について

(一)  控訴人の原審における請求

原審記録によれば、原審における訴訟の経過として次の事実が認められる。

控訴人は、原審に、平成七年三月一六日付けの訴状を提出したが、右書面は口頭弁論期日において陳述されなかった(なお、右書面には、被控訴人に対し本件処分の取消しを求める旨の記載はない。)。次いで、控訴人は、平成七年九月一一日付けの訴状を提出した。この書面の冒頭には、当事者として、原告(控訴人)と「被告1 国税不服審判所長」及び「被告2 保土ヶ谷税務署長」が表示され、これに続く「請求の趣旨」欄には、「一 被告1が原告に科した更正処分を取消し原告の土地の売却は平成三年度に実行されたものである、との判決を求める。二 被告等は原告に対して慰謝料一千万円を支払い訴訟費用は被告が支払えとの判決を求める。」との記載がある(右書面にも、被控訴人に対し本件処分の取消しを求める旨の記載はない。)。右書面は、平成七年九月一一日の原審第三回口頭弁論期日において、次のとおりの原告の主張を付加して陳述された。すなわち、

「一 請求の趣旨一は、被告国税不服審判所長がした平成七年一月一八日日付けの裁決が違法であることを理由に、右裁決の取消しを求めるものである。

裁決を違法と主張する理由は、次のとおりである。

1 原処分庁が、原告の無申告を理由に決定処分をしたにもかかわらず、被告国税不服審判所長が、これを申告があることを前提とする更正処分とすることは法律上できない。

2 原告が経費に関する資料を提出したにもかかわらず、原告の平成二年分の事業所得の損失率を適用して、同三年分の事業所得の金額を推計した。

3 本件原告を原告とする別件損害賠償請求事件(横浜地方裁判所平成五年(ワ)第一三一六号)の判決で決定された本件土地の譲渡年度は平成三年であるにもかかわらず、裁決ではこれを平成二年と認定している。

二 請求の趣旨は、原告は平成三年度の所得税を課される理由がないのに被告両名からこれを課されたことは違法であるので、被告両名に対し、慰謝料を請求するものである。」

控訴人は、原審において、右の訴状二通のほかにも多数の準備書面などを提出しているが(このうち、陳述されたものは、平成八年一月一七日付け準備書面(三)、同年二月一四日付け準備書面(四)及び同年五月二九日付け準備書面(五)、(六)である。)、これらの準備書面にも、被控訴人に対し本件処分の取消しを求める旨の記載はない。

以上のとおりであるから、控訴人の原審における被控訴人に対する請求は、本件裁決の取消訴訟の関連請求としての民事訴訟たる本件損害賠償請求(行訴法一三条、一七条参照)のであったことが明らかである。

(二)  控訴人の当審における請求

控訴人は、第一審被告らのうち被控訴人に対してのみ控訴を提起し、前記のとおり、原判決を取り消す旨の裁判を求めた上で、本件損害賠償請求をなさず、本件処分の取消しのみを求めた。控訴人が原審では求めていた本件損害賠償請求を本件控訴の趣旨に掲記していないところからすると、控訴人は、当審において訴えを交換的に変更する申立てをしているものと解される。

そこで、右訴えの交換的変更の適否について検討するに、まず、行訴法は、その一六条ないし一九条一項に、処分又は裁決の取消訴訟と関連請求に係る訴訟(同法一三条参照)との併合(原始的併合・追加的併合、客観的併合・主観的併合)に関する規定を置いているところ、これらの規定の趣旨は、取消訴訟と関連請求に係る訴訟を併合して、審理の重複、裁判の矛盾を避け、同一処分に関する紛争を一気に解決し、迅速な裁判を図ろうとするものである。行訴法におけるこの措置は、後に述べるとおり、民訴法の下においては、訴訟手続を異にする取消訴訟とこれに関連する原状回復請求、損害賠償請求などを一つの訴えに併合することが許されない、行訴法において格別の手当てをしたものであるが、許されないことから、行訴法において格別の手当てをしたものであるが、同法は、その併合の態様を無制限に認めているのではなく、右各規定の文言からすれば、取消訴訟を基本事件とし、民事訴訟はその関連請求に係る訴訟として基本事件に併合することのみを許容しているものと解せられ、本件のような民事訴訟たる関連請求に係る訴訟を行政訴訟たる取消訴訟に交換的に変更することを許容しているものと解する余地はないというべきである。よって、行訴法に基づいて、本件損害賠償請求を本件処分の取消訴訟に交換的に変更することは許されないといわなければならない。

次に、控訴人の前記訴えの変更は、行訴法七条に基づく民訴法一四三条一項の規定によっても許されないと解すべきである。けだし、右の民訴法の規定による訴えの変更は、変更の前後の各請求が同種の訴訟手続によるものであることを要すると解すべきであるから(同法一三六条参照)、民事訴訟たる本件損害賠償請求を行政訴訟たる本件処分の取消訴訟に変更することは許されないのみならず、実質的にみても、本件損害賠償請求は、後に述べるとおり、当事者適格のない不適法な訴えであるのに対して、本件処分の取消訴訟は行政庁たる被控訴人がした処分の効力に関するものであって、右の両訴は請求の基礎の同一性を欠くというべきであり、加えて、仮に、被控訴人が当番において本件処分の取消訴訟に応訴しなければならないとすれば、原審においては実質的な審理(本件処分の取消事由の有無についての審理)を経ていないから、被控訴人の審級の利益が害されることになって相当でないからである(なお、被控訴人が控訴人の訴えの変更に同意していないことは明らかである。)。

(三)  よって、控訴人の当審における訴えの変更は許されないというべきである。

なお、仮に、控訴人の訴えの変更が、本件損害賠償請求に本件処分の取消訴訟を追加する趣旨であるとしても、既に述べた理由により、かかる訴えの変更も許されないというべきである。

2  本件損害賠償請求について

控訴人は、前記のとおり、当審において本件損害賠償請求を本件処分の取消しの訴えに変更する旨の申立てをしているのであるから、本件損害賠償請求についての判断を求めていないものとも解されるけれども(ただし、控訴人が右申立てによって、右請求を放棄し又はこれを取り下げる旨を表示しているとまではみることができない。)、かかる訴えの変更が許されないことは前示のとおりであるから、右請求は、当審においても審理の対象となっているものというべき。

しかるに、本件損害賠償請求は国家賠償法一条に基づくものと解されるところ、同条による損害賠償責任の主体は国又は公共団体に限られ、本件の被控訴人のように行政処分をした行政庁はその主体とはなり得ないから、本件損害賠償請求は当事者適格を欠く不適法なものであり、右訴えは却下されるべきである。

五  結論

以上のとおりであるから、原判決の判断は正当であって、本件控訴は理由がなく、棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河野信夫 裁判官 小池信行 裁判官 坂井満)

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